甚六朝市食堂
の想い
About
玄界灘のはなし
玄界灘は、対馬海流がぶつかる荒波の海。かつて大陸との交流を育んだ海でもあります。潮が混ざり合い栄養が豊富なため、魚はよく動き、身が締まり旨味をたっぷり蓄えます。
呼子は、玄界灘の恵みを受けながら漁師町として栄え、この土地ならではの食文化を育んできた港町です。本食堂では、その恵みの一部を味わっていただけます。
食材のはなし
漁師町に根づく食文化と、出汁を大切にした料理が特徴の食堂です。
魚は、玄界灘で獲れたものを中心に、お米は佐賀県産の熟成米をブレンド、出汁は九州の素材を中心に独自配合するなど、一つひとつの食材に丁寧に向き合っています。私たちが大事にしているのは、惜しまずひと手間をかけることで、その素材が持つ良さを引き出すこと。土地の恵みと向き合いながら、丁寧に仕立てています。
古民家再生のはなし
呼子の町並みは、江戸から現在まで、時代ごとの面影を重ねながら受け継がれてきました。その町並みに残る古民家を活かし、積み重なってきた歴史や暮らし、人々の想いを大切にしながら、再生改修を行い、新たな生業を生み出して、後世に引き継いでいきます。
出汁監修
熊谷 喜八氏
Kihachi Kumagai
料理人の熊谷喜八氏が実際に呼子の食堂予定地を訪れ、土地の風土と向き合って出汁を監修。九州の素材を中心に厳選し、独自配合の出汁を生み出しました。
PROFILE
1946年東京生まれ。セネガル、モロッコにて日本料理大使館料理長、その後渡仏し、ホテルのセクションシェフなどを経て日本に戻ったのち、レストランKIHACHIを創業、その後も数々の名店を手がける。現在もからだに安全で本当に美味しいものを全国の産地を巡りながら追求している料理人。
料理人の熊谷喜八氏が実際に呼子の食堂予定地を訪れ、土地の風土と向き合って出汁を監修。九州の素材を中心に厳選し、独自配合の出汁を生み出しました。
PROFILE
1946年東京生まれ。セネガル、モロッコにて日本料理大使館料理長、その後渡仏し、ホテルのセクションシェフなどを経て日本に戻ったのち、レストランKIHACHIを創業、その後も数々の名店を手がける。現在もからだに安全で本当に美味しいものを全国の産地を巡りながら追求している料理人。